関東屈指の秘境で極上の湯に浸かる。そして、偶然の出会い

観光・まちづくり

「現地は基本、マイカーで行くことができませんが、今回は取材ということでカメラマンの車のみ宿まで行く許可が下りました」

温泉取材の打ち合わせで、編集者から最初に言われたの言葉に少々戸惑った。

「だって、栃木でしょ? 車で行けないってそんな秘境なの?」

聞き返したら、真顔で頷かれた……。

関東近県なら自分の車で行くことを常としていたけれど、今回ばかりは仕方ない。現地まで列車で行くことにして、カメラマンとは東武日光駅で落ち合うことにした。

■秘境の中の極楽
約束の日時、駅前で待っていると、愛車で颯爽と現れたカメラマンは初顔合わせ。小柄ながらバイタリティ溢れる女性。それから2泊3日、栃木にごり湯の会の温泉宿を巡りながら二人三脚で取材をしていき、いよいよ、マイカーで行くことのできない秘境の宿に向かいます。

川俣温泉から鬼怒川上流に沿い、どんどん奥に入ること3㎞で女夫渕駐車場。一般車両はここまでしか入れませんが、許可をいただいているのでさらに奥の奥鬼怒スーパー林道を進み、辿り着いたのが本日の宿、加仁湯でした。

第一印象は、おっと、こんな山の中なのに木造じゃなくて鉄筋の建物なのね…。思った以上に立派な建物です。しかも、玄関前には足湯などもあって、ハイキングでやってきたご婦人方が、幸せそうな顔して暖かさを堪能していた。

「気持ちよさそうですね」

「えぇ、極楽よ」

会話は短くても、気持ちが伝わってきた。

■すべての風呂に入りたくなる
宿に入る。少し進むと囲炉裏の部屋があり、近くの山で獲ったのだろうか、所狭しとシカやクマなどの剥製、毛皮が飾られている。すごいところに来てしまった感がじわーっとこみあがってきた。

最初の仕事は数ある風呂を撮影すること。カメラマンと協力し、メモを取りながら順に写していく。といっても簡単にはいかない。カメラの位置を決め、床を濡らすかどうか、木の葉などの処理を手伝いながら、時には温泉の味を確かめたりしながら進めていくので時間がかかる。。

しかも温泉の数が多いこと。当時の種別(名称)でご紹介すると、

第1野天風呂(ご婦人専用)
第2野天風呂(混浴)
第3野天風呂(混浴)
ハラハラ風呂(野天)
ウチ湯(男女別)
ロマンの湯(1・2・3・4浴場)
温泉プール(子供は保護者同伴)
*現在は別の名前に替わっている風呂があります。

■なぜか同級生の名が出てきて
一段落すれば自分たちもよくやく入浴。この日、お客さんは少なかったので、定番の夕食をカメラマンと食しつつ撮影。それが終わったところで、手が空いた若主人(現在の主人)も合流し、お話を聞いていく。

といっても酒を飲みながらなので場は和む。さらに追加料理として山菜の天ぷら、熊や川魚の特別料理まで出てくる。実に野趣あふれる、楽しい食事&取材なのでありました。

一通りの話を聞き終われば、さらに酒の勢いで雑談です。その中で若主人から、「東京のどこから来たの?」と聞かれたので、「〇〇ですけど、その前は千葉県の〇〇に20年ほど住んでいましたよ」と答えると、

「おっ、〇〇ですか。僕の親戚のそこにいてよしぞうさんと同じ年くらいですよ」

なーんてことになりまして、さらに突っ込んで話をしていくと、驚いたことに、主人は僕の中学の同級生、I君のいとこでした。

こんな秘境の宿で、まさか友人の親族に出会うなんて。なんだか盛り上がってしまい、若主人はI君に電話をかけ、僕もひさしぶりにI君と話をした。こういう偶然がとても楽しいのでありました。

いやー、それにしても小さな宿でこれだけの温泉を有しているところは滅多にありませんよね。当時も今も、加仁湯は5本の自家源泉を持ち、すべて源泉かけ流し。それぞれのお風呂は季節により混合するなどで温度調節をしているといい、「硫黄分が少し薄目なので癖が少ない」とは若主人の弁。刺激が少なく肌がツルツルになる美人の湯としても名を馳せる。温泉好きにならたまらない魅力だと思います。

■とちぎ にごり湯の会とは
加仁湯は「とちぎ にごり湯の会」に属しています。この会は2004年に発足したもので、その発起人は件の若主人です。きっかけは、県内には群馬(草津)に負けない本物志向の温泉がたくさんあり、それをしっかりと広めたいとの熱意でした。

そのためには、信頼して協力し合える仲間を作るべきとの考えがあり、当時所属していた栃木県旅館生活衛生同業組合青年部の席で2001年頃から提案をしていたけれど、興味を示す宿はあってもなかなか話は進まなかった。

「これは無理かなーって思ったら、ある日、あの話はどうした? やらないの? なんて
聞かれて、じゃあやりましょうか! で一気に集まりましてねー……」

話を一気に動き出し、賛同した宿が10軒ほど集まったのが2003年の暮れ。そして2004年4月に会が発足したのでした。

会員となる条件は、にごり湯であること、原則として掛け流しであること(温度を下げるための加水のみ認める)のみ。利権の絡まない純粋な集まりであること、入会を無理に誘わず脱会も自由という基本姿勢を通し、この考えが多くの賛同を得ることができたといいます。

もちろん、同じ温泉でもにごり湯にこだわり「お湯の違いを打ち出す」ことや「本物志向」を追求することは会の目的のひとつであり、宿や温泉に対する「安心の証」として会を機能させることも大切なことという。ただし、

「あまり焦らず、のーんびりやっていきたいと思うんですよ。会を作ったからといって特別な何かするんじゃなく、お客さんが要望するものをやっていきたいと思います」

というように気負いはない。ゆったりとした受身の姿勢を大切にしていくという。「じっくりいいものを育てたい」という気持ちが伝わってきたのでありました。

加仁湯
とちぎ にごり湯の会

写真や記事内容は主に取材時2004年10月、交通新聞社「旅の手帖」取材時

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