肉屋のプライドが光る本物の香ばしさ。渾身の焼豚に誘惑されたお話

食文化

東海道沿線のソウルフードを取材していた時、静岡県清水市(現、静岡市清水区)にある「肉のふくだ」さんの存在を知りました。お目当ては「もつカレー」。発祥の店は別にあるけれど、町の肉屋さんで気軽に持ち帰りできると聞き訪ねたのでした。

店は次郎長通りという、いかにも清水らしさを感じる商店街の入口にありました。人気の店と聞いていたけれど、高級肉を前面に出すような店構えじゃありません。「ウチは地元の御用聞きだい」的な雰囲気が漂っていました。

中に入ると肉が並ぶショーケース。その上にありました、目的のもつカレー! パック詰めされ、すぐに持ち帰ることができる体制が整ってます。

豚もつカレー 九州産大腸 大鍋で3時間じっくり煮込む

なんて手書きのポップも貼られていて、人気の品であることが伝わってきます。けれど、僕の嗅覚と目線は、別の品に向いていたのです。それは…。

もつカレーのお隣にデーンと置かれた焼豚でした。何やらフックのような針金が刺さったままの状態です。一般的な肉屋の焼豚と違い、表面がカリッとしています。

こ、これはもしや…。視線をずらすと、やっぱりありました。もつカレーと同様の手書きポップ。

焼豚 浜松産豚ロース肉 約2時間で焼きタレで食べる

なーんて文字が、僕を誘惑、手招きしています。気持ちがグラつきました。だってすごい色香なんですから。ゴメン、もつカレーちゃん、ぼ、ボクは…もぉ…。

「その焼豚、うまそうですね」

思わず、禁断の言葉を口にしてしまったのです。すると、主人は満面の笑みになり、

「そうだろ! ウチはね、煮豚じゃないんだ。しっかり2時間焼いているんだ」

誇らしげに語りだしました。そこから始まった肉の話は、熱が入っていた。こちらが1聞けば10の説明が返ってくるほど。それはそれは丁寧に教えてくれます。そして、

「まぁ食べてみなよ」

言うが早いか、焼豚をザクザクっと切って、ホイと差し出します。こちらも勢いで、手づかみで口に放り込みます。

ほぉー。

肉が「煮」ではなく「焼」であることを、口の中で主張してきます。鼻腔をくすぐる香ばしさ。ちょっと硬め外側、中はジューシー。すぐにこれが上質の豚肉であることが理解できました。

ちなみに価格は100gあたり450円前後。焼豚としては、決して安くない。

ところが、そこに2時間の本格的な焼きが入る。特性のタレがじんわりと染み込む。そして使っているのはプロが見立てた浜松産のロース肉。参りました! 取材のメーンもこちらに変更いたしますです。そして、買わせていただきますというしかなかった。

実を言うと僕は料理が好きで、よく煮豚を作る。その時に選ぶ肉は三枚肉か肩ロース。ロース肉を使うことは滅多にない。だって、脂が少なくて美味しくできない。一方、ふくださんは、ロース肉にこだわっている。

「肩ロースってのは中心にある肉が少し臭いがあるんだ。それを嫌うお客さんもいてね、ロース肉を使うんだ」

繊細な味を求める職人ならではの言葉であろう。冗談か本当か、

「こっち(焼豚)ばかり有名になっちゃって、精肉買いに来るお客さんは少ないんだなー」

主人は自嘲気味に笑っていたけれど、それはそれで割り切って、いいものを提供しようという気持ちがよーく伝わっている。いいじゃないっすか、おやっさん! それだけふくだの焼豚はうまいってことですよ。

あ、もちろん、当初の目的であるもつカレーもいただきましたよ。もちろん、臭みなんてものはありません。発祥の店のそれはスパイシーらしいけれど、ふくださんのは甘めに感じました。これは好みの問題でしょうね。

(おまけ)
食文化的に気になったのは、「もつ」が清水とどう関係があるかですが、静岡県の豚飼養数は全国で真ん中くらい。なるほどと思わせるストーリーはなかったように思います。その一方、静岡らしい食として清水で別に注目されるのは、イルカを食べる文化が残っているということでしょうか。

市内の「河岸の市」にそれを確かめに行ったところ、「いるかの味噌煮」なんてものが売っていました。

画像は2005年、交通新聞社「旅の手帖」取材時。

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