宿毛で出会った、魚のうまさをグイと引き出す匠の居酒屋

食文化

初めて訪れた宿毛の夜。地方に行けば、その土地の食べ物とお酒に浸りたいと思っている僕は、ホテルを出てあちこち30分ほど歩き回っていた。そこで見つけたのが、繁華街とは離れた場所にポツンと、だけどそれなりの風格を持った、一軒家に併設の居酒屋。名前は「みなみ」。

そういえば、ホテルの人もこの名前を出して勧めていたな。よし、ここにしよう。もしかすると、タッチのみなみちゃんみたいな女将さんが登場するかも♪

なんて、能天気なことを考えながら中に入ると、時間が早かったせいか、他の客はいなかった。カウンターの中で仕込みをしていた、ちょっと強面の大将と目が合うと、静かに「どうぞ」と迎えてくれた。

みなみちゃんじゃなくて、南先輩って感じだった。

もちろん、陣取るのはカウンターだ。問題は、どの席に座るか。いつもの僕ならだいたい端っこに陣取るのだけど、なぜかこの日は大将の目の前、ど真ん中に引き寄せられるように座った。

おっ、そこに座りますかい? 大将の目がそう語りかけているようだった。

ビールを頼む。とりあえずってやつだ。

そこに、すっと出てきたのは小さな鯖寿司をメーンに3品ほど盛られたお通し。高知らしくて嬉しかった。そして細かな仕事に、ぉっ、これはデキる! ちょっと身構えた。

静かな時間が流れる中、まずは大将におすすめの魚を聞くと、ガシラ(カサゴ)を勧めてくれた。素直に従うことにした。数分後、目の前に現れたものを見て、思った。
う、美しい……。

見事なお造りだった。見た目も味も鮮度も完璧。しかも、サービスとして、カツオの銀皮造りも2切添えてくれた。こちらも美しく濃い赤身がピカピカしていた。さすが高知。

よーく噛みしめていただいた。酒もどんどん進む。

身を食べ終えると、残ったアラは骨せんべいにして、これまた美しく盛られて再登場。それ用のポン酢に紅葉おろしまで付いていた。

そしてこちらは、鶏唐揚げのように見えるけれど、実は揚げ出し豆腐。豆腐は普通だけど、衣はすごくこだわっていると大将。でも何を使っているのかは秘密だそうで、食感としてはあられ系かな。たしかにすごいサクサク感。

もしかすると、すごくお高い店に入ってしまったのだろうか。一抹の不安を感じつつも、壁に貼られている品書きの値段をチェックするが、かなり安い。良心的だ。

これはもうちょっと冒険してみたい。大将に「もっと地元ならではの面白いもの、食べてみたい」とリクエストをしてみた。

「では、変わったイワシをご用意しましょう」


と、出てきたのがこちら。

なんじゃこりゃ!? 見た目は鎧を着ているようだった。


「この辺ではとんごろ(いわし)と呼んでまして、ウロコがとても硬くて調理するのがやっかいなので、丸ごと揚げて食べるのです」

頬ばると、シャリシャリと音が鳴る。独特の触感が面白く、しばらくするとイワシの味が入ってくる。添えられた柑橘と塩の組合せも絶妙だった。

いい店だなぁ。幸せな気分で、感想を伝えると、大将は少量の切り身を皿に乗せてくれた。


「今日、たまたまに揚がったので、よかったらどうぞ」

これはおそらくスマかつおのタタキだろう。濃厚な味わいが、たまらん!

お会計は生ビールに焼酎ロックを2杯、さらにチュウハイも飲んで4000円台。大満足なのであった。

数年後、宿毛を訪れた時にまた行こうと足を運んだら、建物はそのままあったけれど、店はもうやっていなかった。悔しくて、しばしその場に立ちすくんでしまった。

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